In summary

Japanese summaries of this month’s features

尊重と容認 (Respected and Embraced 本号8ページ)

カナダに新規参入を検討している企業は、カナダ国内で政府と「部外者」が入植するはるか以前からその地に居住していた先住民族との間に、デリケートな和解プロセスが進行中であることを十分理解する必要があります。「カナダには、自らの品位に対する非常に強い意識があります。しかし過去 60 年間、カナダ人はしぶしぶですが、先住民族が残酷な扱いを受けてきたことを認識しました。これは現在、カナダの時代精神の一部であり、カナダに来るすべての人はこのことを知っておく必要があります。」歴史家および作家で、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアの先住民族や政府のコンサルタントでもあるケン・コーツ博士は、こう述べています。人口の30%を先住民が占める街で育ったコーツ博士はまた、地域の人々がResidential School (寄宿学校)が悲惨な場所だったかもしれない、という発想に真っ向から否定的だった、と回想します。博士は自身のキャリアの全てを先住民族と博士のいうところの「新参者(newcomers)」の関係に焦点を当てた研究に捧げてきました。1998年、カナダ連邦政府は、ある寄宿学校での衝撃的な虐待の事実に端を発し、和解政策について議論をはじめました。2007年の国連先住民族の権利に関する宣言をきっかけに、翌年、真実和解委員会(the Truth and Reconciliation Commission, TRC)が発足しました。2019年には、ブリティッシュ・コロンビア州が独自の宣言を制定し、他の州もこれに続きました。

サスカチュワン州・ホワイトキャップダコタファーストネーションメンバーで、先住民族関係戦略家や社会改改革家でもあるラナ・イーグル氏は、「政府は今も国連宣言をどう調整する道筋を模索しているところです。先住民族の発言力は増してきましたが、私たちの声に耳を傾けるのに値するものです。なぜなら私たちは気候変動、水、等々あらゆることに懸念しているからです。」初期段階での契約を支持するイーグル氏は、そのいい例として、オンタリオ州で複数の先住民族が送電線建設計画を立ち上げた際、接触してきた2社のうち、1社は自社のやり方を、もう1社は建設過程の相談を持ちかけてきました。結果的に後者が選ばれ、強固な関係を築いたそうです。

マインドセット – Please Adjust Your Mindset

「カナダに進出する企業の場合は、まずその土地が誰のものかを調べてください」とNlaka’pmux Nationのメンバーであるマーク・ポドラスリー氏は説明します。「彼らの文化、言語、歴史は?次にビジネスよりも関係性が重要であることを理解した上で、彼らににアプローチする方法を考え出します。私たちはあなたがどんな人で、何を大切にしているのかを理解したいからです。」これに関連したやりとりも教えてくれました。「以前、日系の天然ガス会社に、この地域にパイプライン建設を始められない理由を聞かれた時に、『ここは何代にも渡って漁業が行われてきた場所で、もし漁村出身であるあなたの故郷に今回と同じような話が持ち上がったらどうするか』と逆に質問したところ、彼は始められない理由を理解してくれました。」

 

文化の共有地 – Cultural Common Ground

日本企業は、紛争を嫌うなど、先住民族に共通する文化的特徴を活用して、欧米企業に対する競争上の優位性を確保できる、とマーク・ポドラスリー氏は述べます。「それには、場所、歴史、遺産、祖先の家、そして私たちが伝統と知識を通じて尊重する精神と先祖に対する強い意識が含まれます。ここで先住民族とのビジネス関係に成功した日本人も、独自の文化を共有することに基づいたアプローチをとっています。相互の文化的価値観に基づく交流と、自分が何を大切にしているのかを理解することは、深く敬意を払うものです。」ケン・コーツ氏は、先住民族と同じように日本人が人間関係を重視し、その関係を育むことを認めています。「あなたが何かを隠し、後でそれが発見された場合、信頼は長い間、何世代にもわたって壊れます。建設作業員の職長が間違ったことを言うと、人種差別主義者として1億ドルのプロジェクトを台無しにする可能性があります。「日本に行ったら、レストランやバーに連れて行ってもらって、それからゴルフやスキー場に連れて行ってもらいます。彼らはあらゆる段階であなたをテストし、あなたが誰で、あなたの本当の価値が何であるかを見ようとしています。」

 

多様性 – One Size Does Not Fit All

先住民族の文化は一枚岩ではなく、カナダのファーストネーション、イヌイット、メティの間には計り知れない多様性があります。地域差、個々のコミュニティの性質および発達段階も考慮する必要があります。さらに、企業は、たった 1つの小さなコミュニティや、数十の異なるグループが関与するコンソーシアムと取引している可能性があります。「カナダでの課題は、まだそれほど組織化されていないことです。そのため、企業が複雑な先住民族との状況をうまく乗り切ることが難しくなっています。」と、社会起業家でクリー族とメティ族のカナダ先住民族の指導者ケリー・レンゼイ氏は言います。

 

新たな資源 – Undiscovered Resources

カナダの膨大な鉱物、石油、天然ガス、木材、その他の天然資源は、ビジネスの注目の的です。当然のことながら、カナダ統計局の報告によると、過去10年間で天然資源の富が国の総資産の12~19%を占めるにいたっています。しかし、その他の資源はほとんど手付かずです。ケリー・レンゼイ氏が率いるルミナリーと呼ばれるイニシアチブの目標は、研究とイノベーションを活用し、何億ドルもの研究資金を集めて、先住民族の経済的優先事項を経済変革と雇用拡大に向けて推進することです。「ルミナリーは新しい先住族のイノベーションエコシステムを開発しています。人工知能、デジタル技術、鉱物、気候変動、炭素市場、先進的な製造、伝統的な食品やアグリビジネスなどの分野で研究とイノベーションのコラボレーションを構築するために、学術界と先住民族のビジネスコミュニティを結びつけています。」彼はすでに、カナダ、米国、オーストラリア、ニュージーランドの学術、先住民ビジネス、NGO コミュニティから 160 以上のルミナリーパートナーを採用しています。

最近レンゼイ氏が、ルミナリーパートナーの1人にビジネスアイデアを求めると「海藻と昆布」と回答されたそうです。「アジアが先導する、80億ドル規模の産業であることがわかりました。年間8%成長しており、将来10%までその割合が増える可能性があります。海藻の種類が最も多い国は、カナダです。その数は500種類以上に上るものの、最も発展していない産業でもあります。これこそ先住民族がカナダの海藻産業を構築するチャンスです。例えば、海藻でできたレンガは、建築資材として活用できる可能性があります。」レンゼイ氏の壮大な計画には、より多くの先住民族の修士号や博士課程の学生を増やし、先住民族の経済的優先事項に対応するためにビジネススクールを積極的に活用することが含まれます。「そして、これらは日本企業とコミュニティの間の投機的事業になり得ます。」

レンゼイ氏は、カナダが依然として資源ベースの経済であること、また観光面では先住民経済の伝統的な分野に大きくフォーカスしていることは躊躇なく認めます。しかし、できることはまだまだたくさんあると信じます。「先住民族の企業は、ロボット工学や炭素市場で AI 研究を活用し、ネットゼロ目標に到達する可能性があります。適切な研究開発に投資すれば、どの商用製品、プロセス、技術に投資すべきかについての最良の洞察が得られます。これが私が目指すところです。長丁場も厭わない日本企業も興味を持つと思います。」

尊重と容認ーそれはカナダ先住民族を表す説得力のある理由のほんの一例であり、同時に彼らが提供できるもののすべてなのです。

ミスター・プラスアルファ(Mister Plus Alpha 22ページ)

京都に近い田舎で育ち、京都大学卒業後すぐにトヨタ自動車に就職した人、と聞くと名誉顧問会(Honourable Board of Advisors, HBA)会員の中谷氏はさも立派な企業人と考えるのは、あながち間違ってはいませんが、同時に相当見当違いかもしれません。

中谷義雄氏は1985年にトヨタカナダの社長補佐として初めてカナダへ渡りました。「当然のことながら、私のミッションできるだけ多くの車両をカナダの市場で販売することがでした。しかし、当時はアメリカが市場を独占していました。」と彼は回想します。カナダには1991年まで駐在、その後アメリカ事業のゼネラルマネージャーとして東京へ戻りましたが、1995年、トヨタカナダ社長として再度カナダに渡った時、中谷氏は公平な競争の場を作る時がきた、と決意しました。中谷氏は、貿易衝突がはらんだ時代や自動車市場の北米至上主義に対する戦いに関する記事でいっぱいのスクラップブックを今でも大切に保管しています。「私が何をしたかというと、関税政策についてカナダ政府に立ち向かったのです。日本のビジネスパーソンはいつももの静かで笑顔と思われていたので、『ヘイ、カナダ!片方ではカナダに投資しろとお願いしておきながら、片方ではまだ日本に対する差別が続いているではないか、工場建設による巨大投資をしたにも関わらず!』私はあくまでカナダのために言ったのであって、このような差別的な政策を続けると新規投資家も来なくなり、結果的にこの国の将来にとってもいいことはない」、と立ち上がって声をあげたことは大きなニュースとなりました。中谷氏は自由貿易について率直に語り、両国が期待できる莫大な経済的利益と、必要とされる相互尊重を説明しました。WTOも関与し、3年に及んだ交渉の結果、米加自動車協定はついに効力を失いました。「現在、カナダ最大の自動車メーカーを知っていますか?答えはトヨタです。」

と同時に中谷氏は車を売る以外に何かあるのではないかとずっと考えていました。可能性に満ち溢れた一人の男性の悲しい物語については聞いたことがあったと言います。その男性こそハーバート・ノーマンです。ノーマンはカナダ人宣教師の子供として長野県に生まれ、18歳の時にカナダに帰国後、ケンブリッジ大学、ハーバード大学院と進み、1939年にカナダ外務省に入省しました。戦後マッカーサーGHQ司令官補佐として来日し、マッカーサーの右腕として日本の復興に多大な貢献をしました。その後駐エジプト大使に任命され、有能な外交官であったのと同時に、歴史家、作家、思想家でもあったノーマンは、1956年に起きたスエズ運河危機で極めて重要な役割を果たします。「赤の恐怖」時代、アメリカ政府による共産主義スパイ容疑者として度重なる告訴に耐えきれず、1957年、カイロで投身自殺によりその生涯を閉じました。「突然、ハーバート・ノーマンについての映画を作るというアイデアが頭に浮かんだのです。」1996年のことです。その2年後、トヨタ・カナダの資金援助を受けてドキュメンタリーが完成しました。「反応は非常に大きく、感動的でした。多くの人が涙を流しているのを見ました。2002 年のある日、秘書が私に『中谷さん、来週オタワに行かなければいけません。』と言うので、理由を聞くと、『クレティエン首相がお待ちだからです』。」カナダへの献身と貢献、そして両国をより緊密にするために行ったすべてのことに対して、ジャン・クレティエン元首相より表彰されたのです。「まったくの驚きでした」と中谷氏は振り返ります。「おそらく私が日本のビジネスマンでこのような特別な表彰を受けた最初の人間ではないでしょうか。」

中谷氏が現場を離れてから10年が経った今、料理や家事に専念し、奥様と共に充実した時間を過ごしています。彼の夢は、「パリに行ってバカボンドになることです。実は京都大学でフランス文学専攻だったんです。」中谷氏はCCCJ会員へこう伝えます。「単に売上拡大を追い求めるのではなく、日本で一番、最も尊敬される企業になってほしい。」彼がカナダについて話す時、彼が心の中で両国の架け橋であり、その役割を十分に楽しんでいることは明らかです。 「そうしなければ、人間として親密な関係を築くことはできません。」

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